かわいらしい見た目で人気を集める「ちいかわ」。
その映画版「映画ちいかわ 人魚の島のひみつ」を見た人の間では、「思ったより怖い」「後味が重い」という感想が数多く聞かれる。
ちなみに、筆者も映画を観に行ったが、ちいかわのかわいさとは裏腹になかなかの過激さもあったなと正直驚いた。
正直、大人である筆者が見てもなかなかに怖かった。
この記事では、実際に映画を鑑賞した筆者の感想を交えながら、ちいかわ映画はなぜ怖いと言われるのか。
さらには、最後の結末やエンドロール後のラストシーンについても言及していきたいと思う。
※なお、こちらの記事はネタバレの要素を含むのためあらかじめご注意ください。
目次
ちいかわ映画はなぜ怖い?衝撃的な内容にギャップ
ちいかわ映画が怖いと言われる理由は、見た目のかわいさに対して、物語の中身がかなりシビアだからである。
筆者も実際に映画を見に行ったが、正直かなり面白かった。
ただ、見終わった後に残ったのは「かわいかった」だけではなかった。
むしろ、弱肉強食の世界をそのまま見せられたような重さがあった。
というのも、人魚を食べることで得られる「永遠の命」や「セイレーンの怒り」、島の住民への襲撃といった要素がかなり重かった。
とくに怖いのは、残酷な描写そのものよりも、かわいい絵柄のまま話が深いところへ進む点である。
ちいかわ、ハチワレ、うさぎのかわいさに油断していると、物語の背景にある生きるか食べられるかの感覚が急に見えてくる。
筆者としては、ホラー映画のように驚かせる怖さではなく、後からじわじわ来るじわる怖さがある。
見た目はかわいいのに、起きていることはかなり重い。
このギャップが「ちいかわ映画は怖い」と言われる一番大きな理由だと思う。
また、映画は子ども向けに見える人もいるかもしれない。
もちろん、ちいかわらしいかわいさや笑える場面もある。
特に印象的だったのは、セイレーンの動きを止めるためにうさぎがノリノリでラップをしながら踊っていたシーンだ。
あのシーンは思わず笑ってしまった。(映画館内のため声は出さずに)
ただし、最後まで見ると、単純に「かわいい作品だった」とだけ言い切るには少し重い。
ここから先は、結末とエンドロール後のラストシーンのネタバレに触れる。
最後の結末とエンドロール後のラストシーンをネタバレ
最後の結末を見ると、怖さの中心にあるのは、ヒトハとフタバが人魚を食べてしまった点にある。
ヒトハがフタバを助けるために、人魚をとらえて煮付けにして食べさせたシーン。
これは子供が見るにはなかなかに衝撃的だったと思う。
映画内では、人魚を食べると永遠の命を得られ、その代わりに深く暗い場所で永遠を味わわされると語られていた。
ここは、ちいかわのかわいい印象とかなりギャップがある。
物語の終盤では、激辛カレーを食べたセイレーンが、もう島の住民を襲わないかと聞かれ、「わかった」と答えるような場面がある。
表面だけ見ると、襲撃が終わったようにも見える。
ただ、筆者としては、この「わかった」は少し違う意味に見えた。
つまり、「もう襲わないと分かった」ではなく、「人魚を食べた犯人が分かった」という意味にも読めるのではないか、という考察である。
映画内のヒトハとフタバの回想シーンでも、セイレーンの「分かった」は犯人が分かったという風にも読み取れる。
怖さが強くなるのは、エンドロール後のラストシーンである。
筆者が見た範囲では、ヒトハとフタバが無人島のような場所へ拠点を移しているように見えた。
その後、セイレーンと人魚たちが泳いでいる場面が映る。
この場面は、ヒトハとフタバのその後をはっきり描き切ってはいない。
だが、セイレーンが2人のいる場所に目星をつけたようにも見える。
ここが、見終わった後に不穏さを残す。
もしセイレーンが本当に犯人を突き止めたのなら、ヒトハとフタバがこの後どうなるのか、読者や観客は想像してしまう。
直接描かれていないからこそ、逆に怖い。
映画としては、残酷な結末をはっきり見せるよりも、観客の想像に残す形を選んだように感じた。
見た人によって「助かったのかもしれない」とも読めるし、「見つかってしまったのでは」とも読める。
だからこそ、エンドロール後まで見ると、ちいかわ映画は思った以上にシビアで深い作品だったという印象が残った。
一方、エンドロール後の意味や「わかった」の真意は、公式に答えが出ている部分ではないので、映画を見た人が考察する余地として残されているのだろう。
まとめ
ちいかわ映画が怖いと言われるのは、単に怖いシーンがあるからではない。
かわいい見た目のまま、永遠の命、犯人探し、エンドロール後のラストシーンなど、さまざまな重いテーマが描かれているからだ。
筆者が実際に見た感想としても、映画はかなり面白かった。
ただ、見終わった後に残るのは明るさだけではない。
ヒトハとフタバの結末、セイレーンの「わかった」の意味、そしてエンドロール後のラストシーンが、何とも言えない不穏さを残している。
ただし、セイレーンが最後に何をどこまで理解したのか、ヒトハとフタバがその後どうなったのかは明確には描かれておらず、観客の考察に委ねられている部分でもある。
かわいい作品だと思って見に行くと、思った以上に深い物語に驚くかもしれない。
筆者自身も、子ども向けの明るい映画というより、シビアな世界観を色濃く描いた作品だと感じた。
一方で、筆者が個人的に最も印象に残ったのが、ちいかわがヒトハとフタバを見逃したシーンである。
ちいかわは、ヒトハとフタバの家で人魚のうろこを見つけていたほか、ヒトハがフタバに電池を入れていた場面も目撃していた。
それでも、震える二人の手を見たちいかわは何も追及せず、その場を後にする。
このシーンからは、真実に気づいていながらも相手を思いやる、ちいかわの優しさが伝わってきた。
物語の結末は決して明るいものではないが、この静かな優しさこそが、筆者の心に温かく残った場面だった。
まだ映画を見ていない人は、これらのシーンにぜひ注目してほしい。
また、すでに映画を見た人も、もう一度鑑賞する機会があれば、このシーンを意識して見返してみると、「映画ちいかわ 人魚の島のひみつ」の奥深さや、登場人物たちの心情がより深く伝わってくるだろう。
筆者は映画館ではもう観に行かないが、テレビで放送された際には必ず観ようと思う。









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