終戦記念日という言葉を見たとき、「戦争が終わった日なのに、なぜ記念日なのか?」「おかしいのではないか?」と疑問に思う方もいると思う。
実際に、筆者の周りにもそのような疑問を持っている人はいる。
なぜなら、記念日と聞くと誕生日や創立記念日のように、何かを祝う日という印象を持ちやすいからだ。
筆者自身もなぜ記念日と呼ばれているのか気になってはいたが、結論からいうと終戦記念日の「記念」は、必ずしも祝う意味だけではない。
過去の出来事を思い起こし、心に留める意味でも使われる。
ただし、戦争犠牲や敗戦の記憶と結びつく日であるため、「記念」という言葉に違和感を持つ感覚も自然である。
ここでは、言葉の意味や公的な位置づけ、8月15日が持つ意味について整理していきたいと思う。
目次
終戦記念日はなぜ「記念」と呼ばれる?
「記念」というと、「祝う」という印象がつきがちだが、辞書上の意味を見ると「記念」は祝いとは限らない。
コトバンク収録のデジタル大辞泉によると、過去の出来事や人物を思い起こし、心を新たにする意味が示されている。
参照: コトバンク「記念」
つまり、なぜ終戦記念日に「記念」という文字が使われるのかというと、悲しい出来事や忘れてはいけない出来事に対しても使われる言葉だからだ。
この意味で考えると、終戦記念日は「終戦を祝う日」というより、終戦に関わる出来事を思い起こす日として理解できる。
言葉だけを見ると明るく聞こえるが、意味の中心は記憶に置かれている。
さらに、公的な表現としても確認しておきたい。
厚生労働省は、毎年8月15日に政府主催で全国戦没者追悼式を行うと説明している。
さらに、昭和57年4月13日の閣議決定により、毎年8月15日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とされた。
ここで使われているのは、「記念」ではなく「祈念」である。
「祈念」とは、願いがかなうように祈ることを意味する言葉であり、「平和を祈る」という趣旨を表すには、「記念」よりも直接的な表現である。
そのため、「終戦記念日」は広く親しまれている呼び方ではあるものの、公的な位置づけを正確に表すのであれば、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」という正式な名称も知っておきたい。
「記念日」はおかしいと言われる理由
ここまで見てきたように、「記念」には「祝う」だけでなく、「後世に伝え残す」という意味もある。
それでも「終戦記念日」という表現に「おかしい」と違和感を覚える人がいるのは、やはり「記念日」という言葉の語感によるところが大きい。
日常では、「結婚記念日」や祝日の「建国記念日」のように、明るい出来事と一緒に使われる場面が多いからだ。
そのため、終戦や戦没者、空襲、敗戦といった重い歴史と結び付くと、「祝っているように聞こえる」という印象を抱きやすいのである。
さらに、「終戦」が何を指すのかも、実は単純ではない。
国立公文書館によれば、1945年8月14日に御前会議で終戦が決定され、8月15日に玉音放送を通じて日本の降伏と戦争終結が国民に伝えられた。
その後、9月2日に降伏文書調印式が行われ、法的な手続きが完了した。
参照: 国立公文書館「昭和20年」
つまり、8月15日は降伏文書に署名した日ではなく、「終戦が国民に知らされた日」として特別な意味を持つ日である。
こうした経緯を理解すると、「終戦記念日」が何を記念しているのかも見えやすくなる。
一方で、この名称に違和感を抱く人がいるのは、8月15日を「日本の敗戦」や「降伏」の日として強く意識し、「敗戦を祝っているように聞こえる」と受け止めるためでもある。
しかし、「記念」の本来の意味や、8月15日が持つ歴史的な位置づけを踏まえれば、「終戦記念日」は戦争の終結を祝い騒ぐ日ではなく、戦争の記憶を後世へ伝え、平和への誓いを新たにする日として理解するのが適切である。
まとめ
ここまでの結論を述べると、「終戦記念日」という言葉自体はおかしいわけではない。
ただ、日常会話においてはあまりしっくりこないので、いっそのこと「終戦記念日」ではなく、
「終戦祈念日」と呼んだ方が分かりやすいと感じる人もいるかもしれない。
ただし、「記念」という言葉には祝う意味だけでなく、過去の出来事を思い起こし、その意義を後世に伝え、心を新たにするという意味もある。
したがって、「終戦記念日」という表現は言葉として誤りではなく、あえて名称を変える必要もない。
一方で、日常会話では「記念日」が祝い事を指すことが多いため、違和感を覚える人がいるのも理解できる。
終戦は喜ばしい出来事ではなく、多くの戦没者や戦争被害、そして敗戦の記憶と深く結び付いた日だからである。
また、公的には、8月15日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と位置づけられていることも知っておきたい。
このことを踏まえると、「終戦記念日」は戦争の終結を祝う日ではなく、戦争の記憶を後世に伝え、戦没者を追悼し、平和への祈りを新たにする日であることが理解しやすくなる。
筆者自身も、8月15日は戦争の記憶を心に刻み、戦没者を追悼し、静かに平和への祈りを捧げたいと思う。











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