皆さんはKKOというワードをご存じだろうか。
筆者は氷河期世代と呼ばれる年代の男性であるが、最近SNSやニュース記事でこの言葉を見かけることが増えたように感じる。
就職氷河期世代の男性をめぐる議論の中で登場することも多く、「弱者男性」という言葉とセットで語られることもある。
一方で、KKOという言葉の意味や背景を詳しく知っている人は意外と少ないかもしれない。
この記事では、話題になっているKKOという言葉の意味と、氷河期世代や弱者男性との関係について整理してみたい。
目次
KKOの意味とは?
KKOの意味は、「キモくて金のないオッサン」の略語として使われるネットスラングである。
主にSNSやネットニュースなどで広まった言葉で、経済的に余裕がなく恋愛や結婚などでも不利な立場にある中高年男性を揶揄するニュアンスで使われることがある。
近年、この言葉が話題になった背景には、就職氷河期世代の男性をめぐる議論がある。
筆者はこのKKOについて知ったとき、まるで自分のことを言われているように思った。
正直、最初は「誰がKKOじゃい!」と思ったが、筆者自身も氷河期世代で、就職難に合い正社員ではなく派遣や契約社員として働いていた時期があったのだ。
確かに、契約や派遣であると給料は少ないし、ボーナスも出ないことが多々ある。
しかも、筆者は奨学金を借りて大学に通っていたので、卒業後は借金返済に追われた。
そしてお金が不足するとなると、恋愛や結婚で不利になる場面もあると思う。
例えば、身なりを整えるのにもお金がいるし、出会いの場に足を運ぶのにもお金が必要になったりする。
筆者もマッチングアプリなども使ったことがあったが、ある程度まともなマッチングアプリを使おうと思ったら、月額3,000円以上はかかった(物価高の影響で今はもっと値上がりしているかもしれない)。
月3,000円でもかなりキツいと感じたが、結婚となると子供のことを考えたりと、さらにお金がかかると予想されることから消極的になってしまうというのもあるだろう。
ちなみに、KKOについては社会学的な正式用語ではなく、あくまでネット上で生まれた俗語である。
そのため、明確な定義があるわけではなく、文脈によって意味合いが変わる可能性もあるのでご注意を。
KKOと氷河期世代・弱者男性は同じ?
KKOという言葉が語られるとき、よく一緒に登場するのが「氷河期世代」や「弱者男性」という言葉である。
まず氷河期世代とは、1990年代後半から2000年代初頭にかけて就職活動を行った世代を指す。バブル崩壊後の景気低迷で企業の採用が大きく減少し、多くの若者が正社員として就職する機会を失った時代だった。
その影響は長く続き、非正規雇用や低賃金、未婚率の高さなどが問題として指摘されてきた。
こうした状況の中で、社会的・経済的に不利な立場にある男性を指す言葉として「弱者男性」という概念が広まった。
しかし重要なのは、KKOと氷河期世代、弱者男性は同じ意味ではないという点である。
氷河期世代は単に「ある年代の人々」を指す言葉であり、全員が同じ状況にあるわけではない。
また弱者男性という言葉も、社会的立場を説明する概念として使われることが多い。
一方、KKOはそうした人々を揶揄するニュアンスを含むネットスラングとして使われることが多く、性質の異なる言葉だと言えるだろう。
筆者の場合は、KKO、氷河期世代、弱者男性の全てに当てはまっているが、全員が全員そうではない。
氷河期世代だったとしても反骨精神を持って社会的に成功を成し遂げた方も多くいるだろう。
弱者男性についても、社会的・経済的に不利に思われる立場にあったとしても、周りの人に恵まれて楽しく生きている人もいると思う。
KKOというのも、主観的な捉え方をしなければ、人それぞれ見方は異なるので、誰かにKKOと言われたとしても別の人からはまた違った印象に見えることだってある。
なので、必ずしも全ては一致しないし、自身が幸せであれば特に気にする必要なないと思われる。
考察・まとめ
KKOはキモくて金のないオッサンの略語としてネット上で広まった言葉であるが、個人的にはあまり広まってほしくないワードである。
筆者自身、女性に何度も「キモい!」と言われてショックを受けた経験がある。
そのたびに何度落ち込んだことか。
特に怠けているわけでもなく、非正規になりに必死に働いていたわけだが、それでも給料は少なく、身なりを良くして整えるにもなかなかハードルがあった。
ただし、KKOは氷河期世代そのものを指すわけでも、弱者男性と同じ意味でもない。
あくまでネット文化の中で生まれたレッテル的な表現である。
むしろ、この言葉が広まった背景には、就職氷河期による雇用環境の悪化や、賃金格差、未婚率の上昇など、日本社会の構造的な問題があるとも言われている。
言葉のインパクトだけを見るのではなく、なぜそのような言葉が生まれたのかを考えることが、社会問題を理解するうえで重要なのかもしれない。
“パーソナル・イズ・ポリティカル”という言葉もあるように、社会の不平等性を自己責任論や個人の努力不足で片づけるのではなく、社会全体の構造の問題として捉えていかなければならないと強く実感する。
氷河期世代をKKO(キモくて金のないオッサン)などと呼ぶのではなく、個人的にはIKIKO(イケイケ王子)と呼んでほしいものだ。








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